『スキヤキ・ウエスタン  ジャンゴ』  SPE配給

 
SFX
映画評論  O plus E 200710月号
http://www.ritsumei.ac.jp/~hideytam/sfx/sfxv_content366.html

   今月の邦画は,この作品だ。もっとも,日本人キャスト全員が全編英語のセリフを話し,洋画系のソニー・ピクチャーズ から配給されるのだから,尋常な日本映画でない。題名からすぐ分かるように「マカロニ・ウエスタン」をもじった和製西部劇で,主題歌「ジャンゴ~さすらい~」を演歌界の巨星・北島三郎が歌う。

 

 監督は『着信アリ』(04)の三池崇史。壇ノ浦の戦いから数百年後,平家の落人が拓いた寒村に隠されているという埋蔵金をめぐって,源氏と平家の末裔達が仁義なき抗争を繰り広げている。そこにいずこからともなく凄腕のガンマン(伊藤英明)がやって来る。反目する両陣営のいずれが彼を用心棒として味方につけるか……。

 

 と書いただけで,往年の映画ファンはパクリのパクリだとニヤリとするだろう。少し回り道して,「マカロニ・ウエスタン」とは何かの講釈から入ろう。本場ハリウッドの西部劇の人気に翳りが出始めた1960年代半ば頃,イタリア映画界がアメリカ人B級俳優を使い,スペインやユーゴスラビアで撮影した低予算の西部劇の愛称だ。70年代始め頃までに数百本が作られた。欧米では「スパゲッテイ・ウエスタン」と呼ばれたが,これを「マカロニ…」と名付けたのは,故淀川長治氏だという。

 

 世界的なブレークのきっかけとなったのは,黒澤明の名作『用心棒』(61)を翻案して,セルジオ・レオーネ監督がクリント・イーストウッド主演で撮った『荒野の用心棒』(64)である。原題は『PER UN PUGNO DI DOLLARI(一握りのドルのために)』だが,原典が分かる邦題にしてあった。エンニオ・モリコーネの哀愁をおびた音楽も秀逸で,映画音楽の世界で確固たる地位を築く。当時のC・イーストウッドは,日本ではTV映画『ローハイド』の準主役で人気を得ていたが,ハリウッドでは売れない駆け出し俳優だった。このトリオでの作品は,『夕陽のガンマン』(65)『続・夕陽のガンマン/地獄の決闘』(66)と続き,C・イーストウッドはハリウッドに凱旋して大スターの地位を得る。彼が監督として成功を収めるのは,さらにその四半世紀後のことである。

 

 ところで,『続・荒野の用心棒』(66)『新・夕陽のガンマン』(67)は上記3作品とは,縁もゆかりもない映画だった。さらに『夕陽の用心棒』『真昼の用心棒』『さいはての用心棒』『復讐の用心棒』『復讐のガンマン』『さすらいのガンマン』『帰ってきたガンマン』…と続くと,表題も内容も粗製乱造で,やがて飽きられてブームも終わる。映画青年であった筆者はこれを同時代体験しているが,1960年生まれの三池監督や主要スタッフの世代は,TVでの再放映,再放映を観たのだろう。

 

 閑話休題。伊藤英明の他は,源氏ギャングに伊勢谷友介,安藤政信,石橋貴明,平家ギャングには佐藤浩市,堺雅人,小栗旬,臆病な保安官に香川照之,村長に石橋蓮司,女優陣は木村佳乃と桃井かおり,というキャスティングだ。かなりの力の入れようだ。この連中が,三池流バイオレンスの洗礼を受け,派手なバトルを展開する。日本製であっても,誰も和服は着ていない。さりとて,純然たるカウボーイ・スタイルでもない(写真1)。オープンセットには,立派な女郎屋風の建物もあれば,西部劇風の家も見られる(写真2)。村には日本の象徴たる鳥居があるかと思えば,墓には十字架があるし,幌馬車まで登場する。まさに,時代不祥,国籍不明の奇妙奇天烈な舞台設定である。インディアン然とした原住民がトランペットを吹くシーン(写真3)などは,まさにその感が強い。

 

   全編通じて既視感があり,骨太のサービス精神満点の娯楽大作だ。随所に出て来る「マカロニ・ウエスタン」の名場面は,中高年層には感涙ものだ。ご丁寧に,最後は本家ハリウッドの『シェーン』(53)まで動員している。その半面,若い世代にもアピールする現代風の躍動感,スカッとする破壊感がある。『キル・ビル』(03)『シン・シティ』(0510月号)が好きなファンにはウケるだろう。これはアニメオタクのクエンティン・タランティーノの世界だ。それもそのはず,映画の冒頭にタランティーノ自身がカメオ出演しているではないか(写真4)。

 

 この映画は,観客が自分の好きなように見て,自分なりの感想をもてばいいのである。それに耐え得るだけのてんこ盛りだ。筆者の感想は以下の通りである。

 

 ■ 猛特訓したというのに,出演者の英語の下手さ加減に呆れる。そんな中で,英語は流暢で,抜群の存在感を示すのが,ルリ子役の桃井かおりだ(写真5)。『SAYURI(05)以上の好演だ。この映画の事実上の主役だと言って良い。伊藤英明がなぜ流浪のガンマンに選ばれたかというと,テンガロン・ハットが似合い,若き日のイーストウッドに近いルックスだったからだろう(写真6)。

 

 ■ この監督の『妖怪大戦争』(058月号)は見るに堪えなかったが,筆者がこの映画を許せるのは,黒沢映画やマカロニ・ウエスタンが好きだからだ。一方,この映画は若い世代からカルト的な人気を得る予感もある。内外の批評家はどう評価し,若い観客層はどう受け止めるのか,早く知りたいものだ。

 

 ■ CG/VFXの担当はOMLデジタルだが,せいぜい数十カットだろうか。打たれたて腹部に空いた穴,その中を通り抜ける矢,など印象的な視覚効果シーンはわずかだ。エンディングでの雪は本物だろう(写真7)。最新のCGでも,ここまでは表現できまい。

 

 ■ 凄まじかったのは音響効果で,この映画も銃声が耳をつんざく。「ズキューン!バキューン!!」という,劇画に登場する文字表現を,再度音で表現し直したかのような過激さだ。短い挿話の連続で,展開がころころ変わるのは,どことなく昔の紙芝居を思い出す。

 

 ■ 表題にある「ジャンゴ」がなかなか出て来ない。最後の最後で,それが何のことだか分かる。そりゃないだろー,という驚きと笑いがある。ちなみに,前述の『続・荒野の用心棒』の主人公がこの名前だった。

 

 ■ 疾風怒濤,縦横無尽の物語展開は,ぐつぐつ煮えたぎるスキヤキ鍋のようだというが,筆者は欧米では「Teriyaki Western」の方が良いのではないかと感じる。しょうゆ味であるが,かなり洋風の味付けだ。

 

arrow
arrow
    全站熱搜

    Shin77 發表在 痞客邦 留言(0) 人氣()